ふーめーきんと学ぼう!! ⑨「アメリカの犯罪はなぜ減った?」


どうも、ふーめーきんです!
今年度、というか今年初の記事ですが
何ですかねこの物騒なタイトル…
さて、今回はアメリカの話です。
結構暗い話が出てくるので
苦手な人は注意して読んで下さいね…
目次
90年代のアメリカで何が起きた?
前向きで短絡的の方が尤もらしい
真実は残酷だけど理に適う
まとめ
1.90年代のアメリカで何が起きた?
1989年末、アメリカでは犯罪発生率がほぼピークに達していました。これは一部地域の話ではなく、どの都市でも直近数十年の犯罪発生率をグラフにするとスキーのゲレンデのような形になっていたのです。強盗、麻薬の密売、窃盗、レイプなどが毎日のように発生し、人が撃たれて死ぬのも珍しいことではありませんでした。これらの凶悪犯罪を行っていた人はほとんどがティーンエイジャーで、役人の書いた報告書でも週刊誌の表紙でもどこにでも現れていました。
1995年、犯罪学者のジェイムズ・アラン・フォックスは、ティーンエイジャーによる殺人が急増するという予測をアメリカ司法長官に報告しました。彼はこれから10年の間にティーンエイジャーによる殺人が良くて15%、最悪の場合100%増加すると述べています。
そして他の犯罪学者、政治学者たちも同じような未来を予測していて、それは当時の大統領であったクリントンもそうでした。要するに、この辺の人たちはこぞって犯罪者が増えるほうに賭けていたのです。
で、実際にこの流れがどうなったかといいますと、犯罪は増える代わりに減り始め、そこからさらに減って、減って、どんどん減っていきました。もちろんどの種類も、どの地域でもです。なんなら1995年辺りにはすでに減少傾向にあったのですが。
ティーンエイジャーによる殺人に関しては、ジェイムズ・アラン・フォックスが警告した100%どころか15%の増加もせず、5年間で50%以上減少しました。
そんなわけで増える増えると宣っていた専門家たちはこの結果を受けて物凄い勢いで言い訳を始めました。90年代経済のおかげ、銃規制が広まったため、ニューヨーク市が導入した取り締まり戦略が効いた、などなど…。でも、意見がてんでバラバラですね(こういう時の言説がバラバラなのは別に悪いことではないのですが)。それなら、アメリカの犯罪率の減少に最も貢献したのはどんな事柄なのか、今回はそんな話です。
2.前向きで短絡的の方が尤もらしい
さて、原因を探す前に、まずはどういう言説が出ていたかをざっと見ていきましょう。

この表は、1991年から2001年の間に発行部数の多い上位10社の新聞に載った犯罪減少の説明を触れられた回数順に並べたものになります。というわけで皆さんもこの説明のうち効果がありそうなもの、無さそうなもの、それぞれ考えてみてください。
※ヒント(ネタバレを含むため注意)
2-1.好景気説
とりあえずわかりやすそうなものから見ていきましょう。まずは『6.好景気』から。確かに犯罪が減り始めた1990年代初頭にはアメリカ全体の景気が拡大して失業率が大きく下がった時期でもあります。要因として掲げられるのも納得がいかなくもないですが、データを見ると途端に怪しくなってしまいます。
一応、労働市場が強ければある種の犯罪率が下がるのは本当なのですが、そういうのは賄賂や強盗などの直接的にお金が絡んでくる犯罪についてしか言えず、殺人や傷害、レイプといった暴力犯罪には全く関係ないのです。
更に、研究によれば、失業率と犯罪発生率には正の相関があり、だいたい失業率が1%下がるごとに非暴力犯罪が1%減るそうです。90年代では失業率は2%下がりました。一方で非暴力犯罪はというと、約40%も下がっています。暴力犯罪に至ってはそれ以上に減少していました。そういうわけで、90年代の好景気は犯罪減少にはあまり関わっていないと言い切ってもいいでしょう。
2-2.懲役増加説、死刑増加説
次は『2.懲役の増加』です。これに関してはまず、何で犯罪が減ったかを考える代わりに「どうして犯罪が急に増えたのか」を考えていきます。
アメリカでは1960年代に有罪判決の比率が下がり、投獄された人も短めの懲役刑で済んでいました。犯罪者の権利が拡大されたこともあり、そういう傾向は一層強まっていきました。当時、重罪を犯した人に占めるアフリカ系アメリカ人やヒスパニックの割合は非常に高かったといいますし。
そんなわけで、「刑務所に放り込まれる可能性が低く、入れられてもすぐ出れる」状況だったために、犯罪が急増したのです。
で、そうなってくると結局切り詰めが行われるわけですが、1980年から2000年までに犯罪に対する懲役(特に暴力犯罪)が長くなり、麻薬関係の犯罪者が刑務所に送られる数は15倍になりました。この締め付けの効果は高く、2000年には200万人以上の受刑者がいて、これは1972年の約4倍にあたります。よって懲役刑は90年代の犯罪減少には一役買ったといっていいでしょう。犯罪減少の大体30%がこれで説明できます。
懲役とよく並んで挙げられる説明が死刑に関するものです。アメリカでの死刑執行数は80年代から90年代で4倍になっています。確かに結び付けられるのもわかりますが、これには2つほど見過ごされている点があります。
一つ、アメリカでは死刑はめったに執行されませんし、されてもそれまでに長い時間がかかるので、犯罪者でもおつむがまともだったら死刑になるかも程度でビビり散らかしたりはしないということ。確かに4倍って大きく見えますが、アメリカ全体で見ても90年代の死刑執行数は478件です。全国の死刑囚のうち死刑が実行されるのは1年でわずか2%ほどしかありません。
二つ、仮に死刑が犯罪への抑止力になるとしても、実際に犯罪はそれほど減らないということ。経済学者のアイザック・エーリッヒが1975年に発表した論文によると、1人死刑にするとその犯罪者が犯す殺人が7件減るといいます。アメリカでの91年の死刑執行数は14件、01年には66件なので、01年の殺人件数は91年に比べて(66-14)×7=364件減ったはずです。これは小さい数字ではないですが、実際の殺人件数の減少値の4%未満の数字なので、これでは殺人減少の原因には程遠いと思われます。
2-3.取り締まり戦略説、警官増員説
高い投獄率が果たした役割は、死刑や好景気に比べて高かったわけですが、この投獄率に関係する事柄として、『1.画期的な取り締まり戦略』『7.警官の増員』が挙げられます。
まず後者からですが、答えを先に言うと、もちろん警官が増えれば犯罪発生率は大きく下がります。先程と同様にどうして犯罪が急に増えたのかを考えるとわかりやすいと思います。
1960年から85年にかけて、警官の数は犯罪数と比較して相対的に50%以上下がりました。理由は金銭面など様々ですが、警官の数が50%も下がれば捕まる可能性も同じくらい下がります。そして、90年代から国中の都市が警察官を増員したので、抑止力になったり、今まで捕まえられなかった人を捕まえられるだけの人手にもなったりしました。これが90年代の犯罪減少の10%程度を説明しています。
次に前者。先程ちょろっと書いたのですが、90年代のニューヨーク市では警察が最新の技術を活用し、古式のノウハウから脱却したやり方をとり始めました。例えば、割れ窓理論(※2)を参考にして、軽犯罪をしっかり取り締まるやり方などです。
確かに、ニューヨーク市の取り締まり戦略は画期的で、犯罪発生率は10年間で73.6%も下がっているのですが、これが効果を発揮していたかといわれれば、恐らくそうでもないといえるでしょう。
ニューヨーク市で犯罪が減り始めたのは90年。取り締まり戦略が始まった94年にはすでに暴力犯罪が20%近く減っていました。さらに、取り締まりの刷新には警官隊の増員も含まれています。91年から01年まででニューヨーク市警の警官は45%増えていて、アメリカの全国平均の3倍の人数になっています。上記の通り、警官が増えれば戦略なんてどうでもよく、犯罪が減るのはわかりきっています。あとは、アメリカ全土で犯罪が減っているので、この戦略をとっていない他の都市での減少がこの説では説明できません。
以上より、警官の増員は効果を発揮しましたが、そこに戦略は関係ない、といったところですかね。
※2…割れ窓理論って?
2-4.銃規制強化説、麻薬市場の変化説
さて、よくありそうな説明をもう2つ見ていきましょう。
まずは『5.銃規制の強化』。アメリカにはたくさんの銃があります。大人に銃を1丁ずつ渡していくと、銃より先に大人が足りなくなるほど多いのです。アメリカの殺人の3分の2は銃によるものなので、アメリカの殺人率が高いのは銃が比較的簡単に手に入るからという声も多いです(調査では実際にその通りなんだとか)。
ですが、スイスでは成人男性全員に突撃ライフルが支給されていて、家に置くことが許されています。人口に対する小火器の比率は多くても、スイスは世界で最も安全な国の一つに挙げられています。銃が犯罪を起こすのではない、ということですね。
じゃあスイスとアメリカでどうして差があるのか。それは『犯罪者の手から銃を放しておくためにやっていること』への姿勢でしょう。長ったらしいので詳しい説明は省きますが、アメリカで90年代以降に発布された銃規制法は、表面上は減っているように見えても結局どれも犯罪を減らす決定的な要因にはなりませんでした。
次に『3.麻薬市場の変化』。クラック・コカインという麻薬があるのですが、これを売りさばくギャング集団が80年代ごろに爆増して、一気に市場が出来上がっていきました。ギャング同士の争いは絶えず、暴力犯罪は物凄く増えました。
91年になるとクラック絡みの暴力沙汰は減り始めましたが、別にこれはクラック自体が衰えたわけではなく(アメリカの逮捕全体のうち、コカイン絡みの割合は当時も今もそれほど変わってない)、衰えたのはクラック売人の儲けでした。クラックは人気になるにつれてどんどん安くなり、価格競争が始まって、利益は吹っ飛んでいきました。こうなってくると売り子も、これじゃ売るにはリスクが高すぎる、とどんどん凶悪犯罪から手を引いていくようになりました。
そうして、91年から01年まで、クラックの売人が圧倒的に多い若い黒人男性の殺人率は48%も下がっています。こうしたことを全部ひっくるめて、犯罪減少の大体15%くらいの説明がつきます(増加時の割合に関しては15%どころじゃ済まないけど)。
2-5.高齢化説
上記の犯罪減少を説明する要因として挙げられるものの最後は『4.人口の高齢化』です。犯罪が増加するとほざいていた専門家はティーンエイジャーの人口が増加するということを言っていましたが、結局人口に占めるティーンエイジャーの割合は大して増えませんでした。90年代に人口が増えたのは、実際には高齢者が増えたからでした。皆さんのイメージ通りだと思いますが、お年寄り(65歳以上)の方はティーンエイジャーに比べて逮捕される可能性は5分の1です。
これは確かにそういえなくもないですが、それは90年代の犯罪減少とは関係ないです。ガキンチョがチンピラを卒業したらすぐにヨボヨボになるほど人口構成の変化は速くないのでこれでは急激な減少を説明できません。

え、話が長い…?
いや、可能性の目を一つ一つ潰すのも
重要なことですよ?
それでは、ここから『真の答え』に
迫っていきます…!
どうかお覚悟を…!
3.真実は残酷だけど理に適う
先程挙げた犯罪減少の直接的な要因になり得るものは、『懲役の増加』『警官の増員』『麻薬市場の変化』の3つでした。これらは合計で犯罪減少のうち55%くらいを説明できる訳ですが、残りの45%は一体何なのでしょうか。
最初に答えをはっきりさせましょう。
『中絶の合法化』です。
え、それだけ?と思った方、中絶と聞いて嫌な顔をした方、色々いるかと思いますが、本当です。アメリカの犯罪減少の約半分は中絶の合法化によるものなのです。
1900年、アメリカでは全国的に中絶が禁止されました。当時は中絶はとても危険かつ高額だったためです。しかし60年代になると、一部地域では、レイプ、近親相関、母体が危険な状態にあるときに限定して中絶を認めるようになると、70年までにニューヨークやカリフォルニア、ハワイを含む5つの州が完全に中絶を合法化、73年の『ロー対ウェイド』裁判に対する連邦最高裁判決が出て一気に中絶の合法化が全国へ広がりました。
『ロー対ウェイド』裁判後の1年で中絶は75万件行われ、80年には160万件に達して、そこからは横ばいの状況が続いています。この裁判の結果に乗じた可能性の高い女性たちは未婚、ティーンエイジャー、貧困層、あるいは全部という人が多かったのです。片親の家庭で育った子供は一般的な子供と比べて将来犯罪者になる確率は2倍くらいで、母親がティーンエイジャーの場合も同様です。
実際『中絶の合法化』がどうなったかというと、まず子殺しが減り、できちゃった婚も減って、養子に出される子も減りました。妊娠は30%増加、出産は6%減少…女性は中絶を育児制限の方法として使っているようです。なかなか荒っぽい保険ですね。
ですが、中絶の効果が最も強く出始めるのには何年もの時間を有しました。犯罪への影響です。『ロー対ウェイド』裁判の後に生まれた子供たちが10代後半になるころ、具体的には90年代の初めに犯罪発生率は下がっていきました。『望まれなかった』子供たちが減った結果、起きるはずだったたくさんの犯罪が引き起こされなかったわけです。
じゃあ何かそういうデータはあるのか、ということで、最高裁判決の前に合法化されていた州の犯罪データを調べてみました。ニューヨーク、カリフォルニア、ワシントン、アラスカ、ハワイの各州では、『ロー対ウェイド』裁判の大体2年前から中絶が認められていました。そして、これらの州では、他より早く犯罪が減り始めています。
他にも、中絶率の高い州では犯罪の減少はすべて『ロー対ウェイド』裁判以降の世代で起きています。それに付随して、未婚かつティーンエイジャーの母親の数も減らしていました。これは非常に効果があると言い切っても問題ないでしょう。
4.まとめ
そうはいっても、仮にこんな言説が世に流れでもしたら、疑いから嫌悪感まで様々な反発が飛んでくるでしょう。中絶を酷いもの、非道徳的と考える方もいるはずです。
犯罪が減ったのは画期的な取り締まり戦略と賢い銃規制と好景気のおかげだ、なんて掲げる新聞を信じられたほうがすっと良かったかもしれません。私たち人間には、物事を遠くで起きた事件や難しいことよりも自分で手に取って触れることに結びつける傾向があります。特に物事の原因に関しては、時間的にそう遠くないところにあると考えがちです。
しかし、原因と結果については、入り口から入ってすぐ出口みたいな考え方には落とし穴が存在します。私たちはよく、古代の文化が物事の原因を取り違えていたのを鼻で笑ったりしていますが、私たちでも間違った原因を信じ込むことは往々にしてあるでしょう。自分の利益絡みの話を真理と称して高らかに吹聴する専門家に尻を叩かれて何事か思うことは、情報が多様化した今になっても多いです。
話は変わりまして、一つ酷い質問を与えます(答えたくなければこのくだりは読み飛ばしてもらってもかまいません)。
「胎児と新生児の相対的な価値はどれくらいでしょうか?」
何人かの胎児を新しく生まれた赤ん坊1人の命のために犠牲にしなければいけないとしたら、あなたはどんな数字を選びますか?もちろんこれといった正解はありませんが、これは中絶が犯罪に与える影響をはっきりさせるための問題です。
命の価値は平等と考えるなら1対1ですし、中絶を選ぶ権利が重要だと考えるなら胎児が何人いようと生まれた赤ん坊の価値には届かないというでしょう。じゃあ他は?例えば胎児100人と新生児1人の命の価値が同じと考える人がいたらどうでしょうか。
アメリカでは毎年大体150万件の中絶が行われています。胎児100人と新生児1人の命の価値が同じと考える人にとって、この150万件の中絶は換算すると1万5千人の命が失われるのと同等です。1万5千人、という数字は実は毎年アメリカで殺される人の数と同じです。しかも中絶合法化で起きずに済んだ殺人の件数よりはるかに多いので、この人にとってさえ、中絶増加と犯罪減少の交換条件は『ひどく非効率』なのです。
さて、結局中絶と犯罪の関係からはっきりわかることは『中絶について政府が女性に判断を委ねれば、普通、子供をちゃんと育てられるかは自分で判断する。育てられないと判断すれば中絶を選ぶことが多い。』ということです。ある物事に対して様々な観点から反対する気持ちもわかるのですが、世の中には意外と『それを必要としている』人は一定数いるのです。その人たちの権利を守っていけるような世の中になるといいな、と私は今回の記事を書いて思いました。

はい、というわけで今回は
専門家の言説に踊らされない
ための注意喚起と、
むやみに規制すると
どんな結果が出るかわからないと
警鐘を鳴らすための記事でした…
もちろんこれもデータに基づいた
いち意見ですので、考え方は
皆さんとは違うかもしれません。
その辺をどうかわかって
頂けると幸いです…!
参考にした文献やページなど
Steven D. Levitt, Stephen J Dubner(2009) 『Freakonomics Rev Ed: A Rogue Economist Explores the Hidden Side of Everything』 HarperCollins
大竹文雄, 小原美紀(2010) 「失業率と犯罪発生率の関係:時系列および都道府県別パネル分析」『OSIPP Discussion Paper』 DP-2010-J-007
カレン・ブランドン, 宮里 艶子 訳(1998) 「人口妊娠中絶-犯罪率の謎──1973年合法化と1990年代の犯罪発生率低下との驚くべき関連」『シカゴトリビューン』
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